女が野獣と化すとき。それはレイバー①

それは真夜中の破水ではじまった。
呑気にテレビでティーンエイジ・ペアレンツのドキュメンタリーか何か見ながら、うちの界隈にもごろごろいるよなー、こういうお子様ペアレンツたちが。ジャージ卒業したらいきなり子育てだもんな、こいつら。うわ、こっちはおもむろに下半身露わにして産んでる産んでる、しかし17歳で出産に立ち会う青年ってのもなんだよなー、ヘソの緒切りたいですか、なんて訊かれたって本人今にもピュークしそうじゃん。とか何とか思いつつ、ほへーっとベッドに寝転んでいたところ、自分の腹のウォーターまでブレイクしやがったのである。

陣痛の有無にかかわらず、破水したときや、'おしるし'にしては鮮明過ぎるカラーの血が大量に出たときには分娩病棟の24時間直通ラインにすぐ電話してください。と定期健診や、NHS(National Health Service。英国政府提供の医療制度)のマタニティー教室で繰り返し言われていたので、速攻で病院に電話を入れると、すぐチェックが必要なので出向いて来いという。っつったって時間は夜中の12時だし、連合いは留守なのでタクシー呼ばなきゃ。ってんでキャブ会社に電話すると「行き先はどちらですか」と訊かれ、「Royal Sussex County Hospitalの分娩病棟」と答えれば、「ビニールシートとバケツはお持ちですか?」と訊いてくる。マタニティー教室で聞いていたとおりの展開だ。キャブ内で破水すると座席がびしょびしょになる&羊水は独特の臭いがする。というので、ブライトン&ホーブ市内のキャブ会社は、ビニールシート持参でないと分娩病棟行きの妊婦は乗せてくれないという。バケツは嘔吐したときのためらしい。

ほんなこと言ったって予定日までまだ三週間もあることだし、ビニールシートなんて用意してなかったじゃん。などと躊躇している間にも羊水は下半身を滝の如くに流れており、わたしはとりあえず「イエス」とキャブ会社の姉ちゃんに答え、“子育て必需品No.1”として知人から買い与えられていたチェンジング・マット(日本の市場に流通しているのかどうかは未確認だが、赤ん坊のオムツ替え用ビニール製マットレス)をビニールシートの代わりに尻の下の敷き、連合いの友人が子連れでブライトン・ビーチに遊びに来たときに忘れていったバケツを持参してキャブに乗り込むことにした。

そういう按配で、ピンクのいちごプリントの女児水遊び用バケツを右手に下げ、左の小脇にはくまのプーさんのイラストつきチェンジング・マットを抱えているという、パンクあがりの中年女にしてはやけにファンシーなビジュアルになって病院に到着したわたしであったが、その一時間後には再びキャブに乗って帰宅していた。「先に破水した場合には24時間以内に陣痛が起こる可能性が高いのでそれを待ち、起こらない場合には感染の恐れもあるので陣痛を誘導しましょう」なんてこたあ電話口でも伝えられるだろうからいちいち病院まで呼びつけるなよ、こんな真夜中に。キャブ代だって馬鹿にならないんだし。くまのプーさんがじゅくじゅくになったじゃねえか。だらあ。みたいな顔をして話を聞いていると生真面目そうな若いミッドワイフが「病院に来ていただいたのは本当に破水かどうか、感染を起こしていないかどうかチェックするためです。尿と羊水を勘違いする人もけっこういるんですよ」と言う。

ほんなこと言ったって、そんなもん両者は出てくるとこだって違うんだし、いくら臨月で下半身が緩み放題になっているとはいえ、前者と後者を勘違いする奴なんかいるわけねえだろう。いくらなんでも。と、さらに反抗的な眼つきになってミッドワイフを薮睨みしていたわたしだったが、後から聞いた話によれば本当にこれらのリキッドを混同する妊婦は少なくないようだ。

そういうわけでわたしはいったん家に戻り、なんとなく眠れぬ夜を過ごしたのだったが、わたしの無駄足はそれだけで終わったわけではなかった。翌朝には夥しい量の出血が始まり、再び分娩病棟の24時間直通ラインに電話を入れたところ、またもやすぐに出向いて来いと言われたのである。今度は帰宅していた連合いの車に乗り込み、ホスピタル・バッグ(入院用の荷物の入ったバッグ)持参で病院に直行したのであったが、「ブレイクしたウォーターに混じって出血してるから量が多いように見えるだけよ。鮮血といってもピンクがかってるから大丈夫」などとミッドワイフに軽くあしらわれ、再び帰宅して陣痛が始まるのを待つよう指示された。

「行ったり来たり何なんだよー」とすっかり気持ちがグレてしまったわたしは、帰宅途上で「どっちみち明日の朝一番で陣痛を誘発するってんだったらもう産まれたも同然だし、そんならもう何しても構わないってことだよね。あああ。わたしは今、思い切り自分の肉体を汚したい」と連合いをマクドナルドに買出しに行かせ、ブライトン・ビーチの脇の道路に止めた車の中でビッグマックを貪り食ったのであった。

「職場のRがよー、立会いする男も着替えやタオルを入れたホスピタル・バッグを持って行ったほうがいいって言ってた」
「なんで?」
「分娩室で嫁さんに吐きかけられたらしい。一人目のときも二人目のときも」
と言いながら連合いは、二人分のフライドポテトをたいらげてもまだ物欲しそうな目をしているわたしを不安げな面持ちで眺めている。
「ふうん。そういや、海パン持ってったほうがいいんじゃない。本当にわたしと一緒に水中出産用プールに入りたいって思ってるんだったら」
「いや、職場のMが、プールに入るのは考えたほうがいいんじゃないかって言ってた」
「なんで?」
「いざ水面に浮いてる様々のものを見ると、やっぱちょっと気持ちがひるむって」

ざっぱーん。
と音をたててブライトン・ビーチに大波が寄せてくる。
サーフィン日和の大しけの海だ。っつってもブライトンでサーフィンしてるやつなんかはさすがにいないけど。空はどこまでも白々と醒めきった曇天である。いかにもこの国らしい、夏なんだか何なんだかさっぱりわからない季節感もへったくれもない薄暗さ。
ふっと、二十年前に初めて英国に渡ってきたとき、日本を出る前日に景気づけの意味で見た映画が「さらば青春の光」だったことを思い出した。
ざっぱーん。ざっぱーん。ざっぱーん。
と絶え間なく押し寄せる波を眺めながらしばしメランコリックな思索に耽っていると、なぜかわたしの体内でも、ざっぱーん。と力強くウェーブが打ち寄せ始めたのがわかった。
「陣痛が、始まったみたい」
ストロベリー・シェイクを最後の一滴まで飲み干してから、わたしは連合いにそう宣言した。

早々と病院に行ってもまた帰れと言われるのは目に見えているので、出来るだけ自宅で陣痛を進行させることにした。NHSのマタニティー教室では、「陣痛がきたら、椅子の背か何かにつかまって尻を突き出し、臀部をぐりぐり回したり横にふりふりしたりしなさい。そうすることによって赤ん坊がいい位置にどんどん嵌りこんできます」と指導され、教室内では臨月間近の妊婦たちが一斉に椅子の背につかまってぐりぐりぐりぐり自分の尻を回し始めるという、連合いが「シュールレアリズムだ・・・」を連発するような光景が展開されていたわけだが、人間痛みに溺れているときにはどんなシュールな藁でも掴みたくなるものであり、わたしも気がついたら自宅のアイロン台につかまって約6時間ひたすら尻をぐりぐりしていた。

病院の説明書に書かれていた通り、陣痛の間隔が5分以下になり、50秒以上続くようになってから病院に電話を入れると、今度こそホスピタル・バッグを持って来るように言われた。この段階になって「病院に来るときは、大きめのTシャツかシャツを着てその上にバスローブを羽織っていらっしゃい。まともな服なんか着て来る必要はありません」とマタニティー教室で教えている理由がわかった。服なんか着ている余裕があるうちは自宅で待機してなさい。ちゃっちゃっとバスローブとパンツを脱いでTシャツ一枚になったらそのままブツを押し出せる、そういう段階になってから病院に来ればいいの。ということなのであり、これこそが質実剛健のNHS出産のスピリットなのである。

そんなこんなで分娩病棟に到着し、「あなたの分娩室はこちらです」と案内されていると、いきなり水中出産用プールのある奥の部屋から全裸の女性が出て来た。一糸まとわぬ姿のきれいな金髪のお嬢さんが、完全にイッてる目つきでこちらに向かって歩いてくるのである。その後ろからあたふたと彼女を追いかけてくるのは、タオルでくるんだ新生児を抱いたミッドワイフと、怯えた目をしたパートナーらしき男性だ。

さすがにこれには連合いもわたしも度肝をぬかれ、急いで下を向いたのであったが、先方はこちらの存在などまるで気にしちゃいない。平素からヌーディスト・キャンプか何かにお住まいの方ですか?と訝りたくなるような堂々たる態度で、陰毛も何も丸出しにして廊下を歩いてくる。

出産時、女は‘レイバー・ワールド’にトリップする。
という話を何度か聞いたことがあったが、あのときの彼女の目は、完全にマジカル・ミステリー・ワールドにとんでいた。そう。ルールとか恥とかモラルとか、そういう人間世界の枠組みとはまったく無縁にしてファック・オフの無法地帯。ケダモノ・ワールドへ。

だいたいにおいて「女子大生、野獣のおめき」だの「午後の人妻、野獣の炬燵ばた」だのといった性欲促進系の映像のタイトルはすべてドリーマーな男性諸君によって付けられたものであり、女は誰でも、自分が性交ぐらいで我を失ったりしないことを知っている。よしんばケダモノ化しているように見えることがあったとしても、それは性交中に今ひとつこちら側の盛り上がりに欠けているので「仕方ないから自分で自分を盛り上げましょう」的な単体における努力、または文字通りの“ひとりよがり”だったり、「さっさと終わって欲しいんだけどそう言うのも何だから、よがってるふりしてとっとと達してもらいましょう」的な、細やかな女の思いやりだったりするのであり、いずれにせよ、とどのつまりが演技なのである。

だが、レイバーだけは違う。こればかりは本当に女をもう一つの世界に連れてゆく。断言させていただくが、女が人間としての自らの実在を完全にうち捨てて野獣化するのは、後にも先にも子を産む時だけである。つくる時ではない。

つまり、Labour Wardというのは言い方を変えればAnimal Wardのことだったのであり、今回のお産を通じてわたしもこの野獣病棟の何たるかをとことんと学習させていただいた。前述の金髪全裸美女などは、ケダモノ・ワールドにトリップした女たちのほんの一例に過ぎなかったのである。

そんなこんなで連合いと二人、“レイバー・スイート”と呼ばれる分娩室に案内され、担当のミッドワイフが来るのを待った。

英国での出産となると、ロンドンあたりのジャパニーズ・コミュニティーでは“地獄の沙汰も金次第”というのが常識になっており、NHSを利用して子供を産めばタダだけど最低最悪の医療サービスしか受けられず、プライベートの医療機関を利用すれば日本並みかそれ以上の優秀なサービスが受けられるけれども100万円単位で金がかかる。みたいな話が定説化しているので、NHSの病院の“レイバー・スイート”などと言うと、英国在住の日本人の方々からは、“スイート”だって、ぷぷぷ。といった反応が返って来るのは目に見えているが、ところがこれ、ブライトンのRoyal Sussex County Hospitalの分娩室は捨てたものでもない。

同病院では、分娩病棟じたいが13階に位置しており、分娩室の壁の上半分は全部窓になっているので、イメージとしてはこう、オフィスビルの最上階にある中途半端にガラス張りになった社員食堂。みたいな感じだ。で、その窓からブライトン・ビーチが一望にできる。よって日が暮れると、社員食堂が突如としてリゾート地のホテルの最上階のバーとしてリボーンしたような雰囲気になり、分娩台の上からビューティフルな夜景が堪能できるのであり、あの眺めだけでも“スイート”と呼んでいいんじゃないかな、とわたしなんかは思っているのだが、まあ当然NHSであるからして部屋の中の設備、内装などはヴェリー・ベイシックであることは違いなく、流行のスカンジナビア・モダンって感じのインテリアの部屋で出産したいの。とか、シーツとかカーテンとかは全部リバティで売ってるテキスタイルじゃないと英国で出産したって気にならないの。とか言うような方々にとっては、ぷぷぷ、な部屋ではあることには間違いない。

んが、この分娩室には一応テレビも設置してあって、というか、イメージとしては、歯医者が患者の口の中を見るための照明器具。のようなものが分娩台上部からぶら下がっており、それにA4サイズの電話付き液晶スクリーンがついていて、その設備を利用して外部に電話をかけたり、テレビを観たり、ゲームをしたりできる仕組みになっている。なんでもW杯の開催期間中には、この分娩室のテレビでイングランド代表戦を観ながら「今のはオフサイドじゃねえだろうがよー」などと激昂しつつ子供をプッシュ・アウトしたツワモノもいたらしい。

ってなわけで、わたしもその珍しげなTV&電話設備をいじくりつつ「なんだこのテレビ有料なのか。ふん。何でもかんでも金、金、金って」とぶーたれてみたり、「ちょっと待てよ、有料ってことはいかがわしい映像もあるってこと?分娩台でポルノ観賞ってか。いいねー」などと勝手に想像をふくらませて一人でウケたりしながら、陣痛が襲ってくると急いで分娩台につかまり、頭を台の上に突っ伏してぐりぐりぐりぐり尻を回す。というようなことをひたすらリピートしていると、
「お待たせしました」
と頭上で誰かの声がした。
顔を上げてみれば、年の頃でいえば50歳前後の長身の女性が青いミッドワイフ服を着て立っている。
「私が担当のミッドワイフです。アニーと申します」
田丸美寿々みたいなヘアスタイルで一見すると品のよろしい奥様風のミッドワイフだ。が、なんというかこう、本質的なジェリー・ホールは隠しきれない、といった風貌であり、長年の酒と煙草とドープでやけちゃったのよ、みたいなしゃがれ声も、上品な奥様にしてはやけに据わりきっているその目つきも、若い時はグルーピー、ちょっと歳取ったらヒッピー、ほんでファッションだけでやめときゃいいのにいつの間にか本当のフーテンになっちゃって、ふらふらブライトンに流れ着いてみたらもういい歳でしょ、年金のこともあるし、しょうがないからアタシ堅気になったの。という遍歴が顔に書いてあるようなおばはんだ。このタイプのおばはんはブライトンには少なくない。
いける。
と直感的にわたしは思った。

NHSのマタニティー教室で配布されたプリントには「出産は、妊婦、立会人、ミッドワイフが三位一体となって行う作業です」と書かれてあった。いったい誰が神で、誰が子で、誰が聖霊なのかは不明だが、三位一体というからには「アタックNo.1」の柳沢三姉妹のように、2本×3人の手(産み手の場合は2本の脚)を最大限に活かしながら、三者が一体化して、あんな穴からあんなものを出すという大変な難題にアターックせねばならぬということである。

日本でも最近は出産の立会いをする男性が増えているようだが、英国では、出産には立会人がいるのが普通であり、孤独に出産する妊婦はよほどの訳ありと見なされてしまう。で、伝統的にこの出産立会いはパートナーの男性の役割だったわけだが、男性に立会いをさせると肝心な時に余計なことを口走って妊婦のやる気を損なう、下半身からいろんなものが出て来たときに妊婦を不安に(または激怒)させるような表情をする、嘔吐・貧血などでふらふらして役に立たないどころか妊婦より手がかかる場合もある、等の不都合も多いため、最近では母親や姉妹、女友達などの、出産経験のある女性を立会人にする妊婦が増えてきているらしい。また、“DOULA”と呼ばれるプロの出産立会人を雇う妊婦もいるようだ。

そのようにして立会人は自分で選択できるものの、担当のミッドワイフだけは指名することは出来ない。その時の病棟の事情で、先様が勝手に誰か派遣してくるわけである。だが、どうしても自分と合わない感じのミッドワイフをあてがわれた場合には黙って我慢する必要はなく、別のミッドワイフに変えてもらうことが可能だ。とマタニティー教室でも教わったが、それにしたってまたその別のミッドワイフがどうもしっくり来ない、ということだってあるし、他のミッドワイフが全員出払っていて、取り替えようにも人材がいない、という場合だってあるだろう。つまり、出産時にどんなミッドワイフをあてがわれるかは全くの時の運なのであり、この人ならいける。と直感的に思えるような人物が担当につくということは、これからたった一人で未知のケダモノ界へ旅立とうという妊婦にとってはまことに心強いことだと思った。

だが、
「あの、実は水中出産を希望してるんですが」
と言うと、アニーは、ふふん、と鼻で笑うような表情をして
「あなたは先に破水してるから水中出産できないわよ。感染の可能性があるから」
と冷たく言い放つ。そして
「出産なんて、バース・プラン通りに行かないことが多いのよ」
あんたばかじゃないの。と言いたげな目つきで分娩台にしがみついて尻をぐりぐりしているわたしを一瞥してから、アニーは流しでじゃーじゃー手を洗い始めた。

バース・プランというのは、妊婦が作成する分娩についての要望書のようなものである。例えば、日本の場合、分娩時の妊婦は水揚げされたマグロのように分娩台に横たわるだけで後は医師にお任せコース、という受動的な出産がノーマルだったようだが、最近では欧米社会を見習って妊婦がもっと能動的に出産メソッドについて学習し、自分はこういう姿勢で、こういう風にして子供を産みたいのであり、産まれた子供はこのようにして私に渡して欲しいと思っており、また、産後の胎盤はこのようにして出したいのである。といったバース・プランを作成したいという女性が増えているという。

また、日本では全く陣痛の痛みを和らげる措置を講じない有痛分娩が普通だが、英国では分娩時に何らかの鎮痛措置を講じるのが普通であるため(とはいえ、最近は日本式のナチュラル・バースを希望する人も増えているという)、第一に希望する鎮痛措置はこれで、第二希望はこれ、といった詳細な鎮痛メソッド、鎮痛に使用する薬品に関する希望をバース・プランに記すことができ、自分で自分の出産を完全にコントロールすることができるようになっている。

んが、これはまたこれで全面的に素晴らしいとは言えない部分があるらしいのであり、定期健診を受けたミッドワイフの数名(わたしは二度以上同じミッドワイフから定期健診を受けたことがない。毎回違う人だった。英国在住の日本人の奥様方はこの点を「よくない」と指摘されるようだが、相手はNHSである。民間医院のような一対一のサービスを期待するほうが無茶というものだ。しかし、わたしは逆に毎回違う人に会えるほうが、いろんなことを言う人がいて面白いと思った。要は自分が混乱しなきゃいいのである)が言うことには、英国にはバース・プランに拘泥する女性が多く、一生に数回のことであるからには全てを自分のたてたプランの通りにやり遂げて、出産経験を素晴らしいものにしたい、と思い過ぎる余り、いったい自分にとって素晴らしい経験にするのが大事なのか、それとも無事に赤ん坊を産むことが大事なのかということが本末転倒してしまい、「あなたがいくらそれを望んでもこういう状態になってしまったからにはプラン通りにはできません」などと言われると、きいいっ。となってしまう人が少なくないらしいのである。

んで、まあ、わたしという人間は、ちょっとぐらい、きいいっ。となったほうがいいんじゃないかと自分でも思うぐらいに、行き当たりばったりのいい加減なタイプであるからして、プランをたてるとかそれに沿って何かを成し遂げ素晴らしい体験をするとかいう行為・行動が死にたくなるほど苦手であり、「そんなもん、どんな方法が自分に効き目があるかもよくわかんないし、わかんないもんはもう全部Go with the flowですよ、Go with the flow」「それならいっそそれがいいと思うわよー」みたいな会話を数人のミッドワイフと交わしていたのであり、よって最初からバース・プランなど書く気もなかった。

「わたし、バース・プランは準備しませんでした」
ミッドワイフのアニーに言うと、
「あらそう。それならそれが一番いいのよ」
と彼女も他のミッドワイフと同じことを言った。すると闇雲に連合いが
「妻はジャパニーズなんですけどね、日本では出産する時、痛み止めなんか全く使わないらしいですよ」
と脇から口を挟んでくる。
「ふーん。じゃあ私たちもジャパニーズ風にいきましょうか」
それでなくともSのかほりがそこはかとなく漂うアニーの瞳が心なしかじんわりと潤んだ。
またこいつは余計なことを言いやがって。出産を終えたら次は別れ話だな。と連合いを睨みつけながら、わたしは渾身の力を込めてぶんぶん首を横に振っていたのであった。
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# by mikako0607jp | 2007-08-14 07:30 | 女が野獣と化すとき。