女が野獣と化すとき。それはレイバー②

出産時の鎮痛処置あるいはメソッドとして、最も一般的であり、いわゆる自然派の妊婦でも比較的抵抗なく使用する気になるものとして、笑気ガス、または俗的に英国で呼び称されるところの“ガス&エアー”というやつがある。
これは一見するとプロパンガスのボンベみたいなやつに吸引マスクがついたものであり、よく英国で病院ドラマなんかを見ていると産気づいた妊婦が酸素吸入器のような形態のものを顔につけ、苦しそうに吸っているシーンが出てくるが、あれは何も呼吸困難に陥っているわけではなく、笑気ガスを吸って陣痛の痛みを緩和しているのである。

わたしはバース・プランを準備することはしなかったが、“明確過ぎるほどに意思を伝えておかなければ何もしてもらえない”というこの国の鉄則は出産という一大イヴェントに際しても何ら変わることはないはずで、前もって言っておかないと本当に日本式有痛分娩でひいひい言わされるのは目に見えているので、
「“ガス&エアー”を使いたいんですが」
とアニーに伝え、笑気ガスのボンベを確保して部屋に持ってきてもらった。

笑気ガスの効用については、よく「酒やマリファナで意識がふわつくような感じ」とか「痛みのエッジを和らげるだけで、痛みそのものは消えない」とか言われるが、わたしの場合はガスを吸って痛みが薄らぐどころか、意識もがんがんに冴える一方だった。
「だってこいつ、毎晩ワイン一本あけて、その勢いで仕事してたような女ですよ。禁酒したからといって、たったの9ヶ月で何十年もの間に蓄積した体の毒が抜けるわけがないし、効くわけないですよー、笑気ガスぐらいじゃ」
と連合いは涼しい顔をしてアニーに言っていたが、彼女が部屋の外に出た行った途端、
「アラブの水パイプみたいじゃん」
か何か言いながら、自分が笑気ガスを吸ってぼうっとなったりしていた。

ガスが効かないとなると次は何なのか。という話になると、一般的には薬物である。自然派の妊婦は、笑気ガスや、TENSマシーンと呼ばれる背中に電流を流して痛みを緩和する機械(見た目的には単なるマッサージ機。それも通販専門系の)ぐらいまでは許せるが、ヤクの使用は一切許せないといった主張を持っていることが多いが、わたしは別に自然だろうが不自然だろうがそんなこたあどうでもいいのであり、要するに痛くなければそれでいい。が、そうは云っても、薬物がヤクである限り、赤子への影響の有無ということも考えねばならぬ。

UKの出産で一般的に使用されている鎮痛用のヤクには、PethidineとEpiduralがあり、前者は阿片モルヒネ系麻酔薬で、ミッドワイフが妊婦の臀部や腿に注射を打つだけで施すことができるため、わりと手軽に使用できる。一方、後者は阿片系と局所麻酔を組み合わせたようなもので、麻酔専門医が妊婦の脊柱にチューブを使って挿入しなければならず、点滴のような様態の大がかりなセッティングが必要になる点が不便だが、最も強力な効果が期待できる。

これらの鎮痛メソッド、および薬物については、産婦の定期健診の際、ミッドワイフがいろいろ説明してくれるし、NHSのマタニティ教室でも、きちんと表化された比較分析プリントを配布している。そのプリントによれば、Pethidineのほうは注射ですむので手軽だが、胎盤を越えて胎児に影響がおよんでしまう場合があり、生まれた時に赤ん坊が眠そうだったり、誕生後1-2日ほど乳児の頭が阿片でぼうっとしていてうまく乳に食いつけない、といった影響が出ることもあるらしく、さすがに誕生時からラリッてるベイビーってのも前途が懸念されるので、最近ではこの鎮痛メソッドを希望する人は殆どいないらしい。一方、Epiduralのほうは、赤ん坊への影響に関しては、シンプルにただ“Not known”と記されている。

で、ここが妊婦らの意見の別れる原因にもなっており、“Not known”ということは報告されていないだけで実は影響の出たケースもあったのかもしれないし、現段階ではこれといった影響がわかっていないのかもしれないが、将来的には大変な影響のあることが明らかにされるかもしれない、と心配する人々も出てくる。

自然派の人々がヤクを拒否する理由はこの辺にあるのであろうし、その一方でとにかく“痛いのはイヤ”という刹那的な人々は「ぐちゃぐちゃ恐ろしがってないで使ったらいいじゃん。原始人じゃあるまいし、何も好きこのんで痛みに耐えなくたって」といったプラクティカルなアプローチを取ることになる。

で、わたしはどうなのかといえば、酒ばっかりかっくらってその勢いで生きてきたような女が、いきなり “わたし〇〇派”みたいなしち面倒くさい主張を唱えだすわけがない。痛い。とか、腹が減った。とか、気色が悪い。とかいう不快な要素を取り払って生きていければ、わたしにとっては人生それでオッケーなのである。
「Epiduralが使いたいんですが」
いよいよ鋭化してくる陣痛に相変わらず腰をくりくり回しながらわたしが切り出すと、
「この段階でそんなこと言うのはまだ早過ぎるわね。初産なんだから、夜は長いわよ」
と醒めた顔をしてアニーが答えた。

そういえば。とわたしは思い出した。
ロンドン市内のNHSの病院では、約40%以上の妊婦がEpiduralを使って出産しているというデータがあるらしいが、わたしが出産したブライトンのRoyal Sussex County Hospitalでは、Epiduralを使用する妊婦のパーセンテージは一桁なのだそうで、どうも関係者はそのことを誇りに思っているらしいということを、NHSのマタニティー教室で講師を務めていたミッドワイフが言っていたのである。

その時のミッドワイフが言うところによれば、こうしたデータの数字にはEpiduralという麻酔が必ず麻酔専門医の手によって施されねばならないという背景があり、よって24時間いつでも分娩室に駆けつけてこれるように専門医師が待機していることが必須になるわけだが、ロンドンでは出産する妊婦の数が多いことから24時間いつでもというわけにはいかないそうで、「Epidural使うんだったら今のうちに予約してもらわないと、すぐ麻酔専門医を呼ぶというわけにはいきません」とミッドワイフが妊婦にあらかじめ確認するらしいのであり、のっけからそんなことを言われると、物凄く痛くなって使いたくなったときに使えなかったらどうしよう。と不安になってみんながEpiduralを予約してしまい、そのために使用率が上がってしまうというのである。

だが、ブライトンの病院なんかの場合は、どうせ一日に数名しか出産しないのだから、24時間いつでも麻酔専門医が来ることが可能なんだし、本当ににっちもさっちも行かなくなるまでは薬物に頼らずがんばってみなさい。無料で出産させてやってるんだから、いたずらにNHSの資金を無駄遣いしないでね。ということなんだろうが、マタニティー教室ではEpiduralは分娩初期に使用しなければならないと教わったような気もして、今のうちにやっておかないとどんどん赤子が下に降りてきて、こんなに分娩が進んだ段階ではもうヤクは使えません。なんてことになったりするんじゃなかろうか。

といった不安を覚えてしまうほど、この時点ですでにわたしの陣痛は本格化してきていた。陣痛。というやつは誰もが同じ痛みを体験するわけではなく、人によって痛くなる箇所や痛みのタイプおよび程度も異なるそうで、ひたすら下腹が痛かったという人もいれば、死ぬほど腰が痛かったという人もいる。わたしの場合は、痛みの中心は脚、というか腿の外側を左右からぎりぎり押し潰されているような感覚があり、このまま潰されたら下半身が骨盤ごと粉砕してしまうのではないかと思うぐらいの痛みがあった。

この時点でわたしがさかんに思い出していたのは、塚本晋也の「鉄男」という映画だ。同作中には、田口トモロヲが女性とセクシュアル・インターコース、つまり性的挿入を行っていたところ、女性の体内でトモロヲの性器がドリル化してしまい、猛スピードで回転して内側から女性の肉体を粉砕してしまうというシーンがあり、これまで観た映画のなかで最も恐かったシーンは何か。と訊かれたら、わたしは迷わずあのシーンを挙げさせていただこうと思っているほど、恐ろしい。女にとって、あれほど生理的にブルブルしてしまうヴィジュアルはないだろう。

わたしの陣痛は内側からドリルでバリバリ粉砕されるような感じのものではなかったが、巨大な鉄のペンチで骨盤を両側から締め付けられるような痛みで、生きながらにして下半身が崩壊するような感覚。という点ではまさにあの映画と同じだった。

産みの苦しみ。などという言葉があるが、わたしに言わせれば、あれは、産みの崩壊。である。あの痛みは、子宮およびそれを囲んでいる骨+肉+皮膚が、潰れ、砕け、一気に崩れ落ちてしてしまうような感覚であり、やはり何がしかの新たなものが誕生する前には、崩壊が起こる。というのが世の真理であったのだ。打ち壊せ、DESTROOOOOOOOY。
などと、この期に及んでもなぜかパンクな心持になりながら、わたしは体の奥から突き上げてくる怒濤のような声を抑えられなくなって、ああああああああああああ、と吠えた。

「ちょっと、その声!?」
わたしのおめきを聞いて動揺したアニーが、急いで手にゴム手袋をはめた。
「どのくらい子宮口が開いてるか見てみますから」
と、わたしの下半身に手を突っ込んだアニーは、
「もう9㎝まで開いてる。最初のお産にしては早いわね」
と言って、呑気に窓辺に腰掛けて新聞を読んでいた連合いのほうを見ている。
分娩室に案内された直後に子宮口の開きをチェックしてもらったとき、彼女は
「まだ2㎝しか開いてない。まだまだこれからね」
と鼻で笑っていたので、わたしの子宮口は二時間半で7㎝開いたことになる。

出産時、日本語でいうところの「いきみ」、英語でいうところの「プッシュ」が始まるのは、通常、子宮口が10㎝開いてからであり、そこまで到達しないうちに力み始めると様々の問題が生じるらしいのだが、なぜかアニーは、
「プッシュしたい?」
とわたしに訊く。
「できれば、したいという感じになってきてます」
わたしが答えるとアニーが言った。
「速いスピードでお産が進んでいるから、もう勢いにのって出しちゃいましょう。プッシュしていいわよ」

ほんまかいな。
と一瞬思ったが、相手はプロである。指示に従い、わたしはプッシュしよう。この堅気になったヒッピー女に命を預けよう。と決意して、アニーに下半身を固定され、いよいよ力み体勢に入った瞬間のことだった。
さきほどから、ひゃあああああ、わああああああん、うおおおおおおうううん、とせつなげな声をあげていた隣室の妊婦が、あられもない内容の絶叫をお始めになられたのである。

「STOOL、STOOOOLをををっ、わたしは出すかもしれません。あああ、ああああああああ、STOOOOOOOOOOL」
で、いきなりその叫びは始まった。
「それでいい。その感覚なのよ、子を産むというのは」
と、妊婦に言い聞かせているらしいミッドワイフの大声も聞こえてくる。

「だって、STOOLですよ。STOOLなんです、これは本物の。こんなところでわたしは出せないっ、STOOOOOOLなんてええええ」
「いいのよ。それでいいの。よくやってるわ。プッシュをやめないで」
「あああああ、でも、でもこれはSTOOOOOOOOOL、わたしの、STOOOOOOOOL」
みたいなラウドな会話の一部始終が、隣室から聞こえてくるのである。

さすがNHSの病院。安普請。という事情もあるが、あれは英国にしては異常なほど気温の上がった8月の夜であったので、経費削減のためにエアコンをつけてないのか、それともつけているんだけれども例によって打ち壊れていて利かないのか、分娩病棟の暑苦しいことといったらこの上なく、各レイバー・スイートの扉は開けっ放し。という状態で我々妊婦は出産に挑んでいたのである。

足置き台にがしっと両足を固定され、これからまさにいきみの本番に入ろうとするわたしにとり、このような妊婦とミッドワイフのやりとりが隣室から聞こえて来るのは辛い。
「ト、トイレットに行かせてくださいいいいいい。だってえええ、だってSTOOOOOOOOLがああ、STOOLが出るうううううう」
「だからそれはSTOOLじゃないの、ベイビーの頭なの」
などという会話を聞きながら平静に力んだりできる人がいたらわたしはお目にかかりたい。
壁のこちら側で自分もがんばらねばならないのはわかっているのだが、
「笑ってないで真剣にやれ」
と連合いに叱られ、
「そんな腑抜けたプッシュじゃ、赤ん坊どころか、蟻の一匹も産めやしないわよ」
とアニーに怒られても、プッシュどころか、まっすぐ仰向けになっていることさえ至難の業になってきた。

笑いをかみ殺している間にも鉄のペンチで下半身がぎりぎり締め上げられるし、あはっ、ぐうっ、ごっ、ふははへっ、あああほっ、ぐうふぇ、などという、もうさっぱりわけのわからない声を発しながら、わたしは分娩台で身悶えしていた。これじゃあ“産みの崩壊”どころか、わたしの生命そのものがついに崩壊を遂げそうである。陣痛だけでも死にそうなのに、笑わせるな、人を。

が、幸運なことに、その笑いと陣痛が渾然一体となった地獄のような苦しみはそれほど長くは続かなかった。
「あああああああ、POOがあああ、POOが出ます。POOOOOO。POOOOOOOOOOOをしに行かせてくださいいいいい」
「うわああああああああああああ、ああああうううおおおおおん。もうだめ。もうだめだああ。SHITがあ。SHITが出てくるうう。わたしのSHITがあああああああ」
と、先方がSTOOL→POO→SHITという具合に、日本語で展開させていただくならば大便→うんこ→糞といった調子で排泄物を意味する単語の三段活用を行いつつ徐々に言葉の品格を落として行かれるうち、いつの間にやらこちらもレイバー・ワールドにトリップしていたようだ。
「出るうううううううううう、うううううう、出てきたあああああっ、FU**ING SHIIIIIIIIIIIIIIIIT」
とくだんの妊婦が排泄を意味する単語をFワードで修飾して絶叫す頃には、わたしも
「あのビッチを黙らせろ」
と分娩台の上で叫び返していたらしい。

この段階になるとわたしは日本語でわけのわからないことをわめき散らすのではないかと思っていたが、後で連合いに訊いてみたところ、全部英語でわめいていたようだ。
それゆえ「お前が産め」だの「役立たず」だのいう言葉をすべて連合いに理解されてしまったわけであり、裏を返せばレイバー・ワールドにトリップしていても、罵倒という行為は相手にわかる言語でしなければ意味がないということを忘れなかったのだろう。

しかしながら、出産に際してこのように言葉が汚くなったり、攻撃的になって付き添いの人を罵倒したりしてしまうのは何もわたしや隣室の妊婦だけの話ではなく、NHSのマタニティー教室でも、そのような様態はレイバー・トリップの典型的な特徴のひとつであると教わった。
特に、上品な女性や、おとなしげな女性に限って、いきなりFワードを連発し始めることが多いそうで、普段そういう言葉は使ったこともないような妊婦の口から“FUCKING”が出てくると子宮口の全開が近い。という指標としてもミッドワイフたちは使っているらしい。

むかし、日本の産院で出産したことのある友人が、分娩室で思い切りわめいたら助産婦のおばさんに「我慢しなさい。あなたよりずっと若い子だって静かに産んでいるのに、恥ずかしくないの」と諌められたと言っていたが、英国はまったく逆のことが推奨される。わめき声だろうが罵り言葉だろうが恨み言だろうが、何でもいいからとにかく出せ。我慢などするな。下半身のブツと一緒に何もかも出してしまえ。Let it all go。とマタニティー教室でも教わった。

「出しなさい、そのPOOを。もうプッシュして全部出してしまいなさい」
と、隣室のミッドワイフも大声で妊婦に言って聞かせており、
「んがあああああああああああああ、んぎゃあああああああああ(注・赤ん坊の泣き声ではない。母の鳴き声である)」
「出てきたわ、見えるわよ」
「んぐわあああああああああ、んうごおおおおおおおお」
「ほら、出てきた。出てきたわ、女の子よ!」
などというドラマが壁越しに聞こえてくるので、そうか、隣室の排泄物はフィメールであったか。と思っていると、アニーが
「隣は終わったみたいね。こっちも行くわよ、さあプッシュして」
と言うので、わたしも歯を食いしばって頑張っていると、
「ちょっと待って。プッシュするのやめてちょうだい」
などと、アニーが唐突にのたまう。

人の下半身に手を入れて何かごそごそやってるアニーのほうに目をやれば、彼女は
「駄目。もうプッシュしちゃ駄目。まだ子宮頸部がこんなところにある。急に子宮口が開かなくなってしまったのかしら。おかしいわ」
と不審そうな顔をして首をひねりつつ
「ちょっと、とりあえずプッシュするのはストップして。まだ駄目だから」
などと勝手なことを言う。
だが、そんなことを言われても、一度プッシュし始めた妊婦の下半身は止まらないのであり、これはもう、理性とか気合とかで止められる衝動ではない。なにしろこちらはすでにケダモノと化していて、怒濤のような“押し出さねばならない衝動”が肉体の一番深いところから沸いてくるのだ。

ちょっと想像しにくい人々には、十日ぐらい便秘をした後にようやくブツが出てきそうになり、トイレットで必死でがんばって半出の状態になったところでビッビー、ブッブーと電話が鳴り始めた状況。それの十倍ぐらいの激烈な辛さ。と考えていただけるといいだろう。
やめろっと言われてもっ、ずらちゃらららつんらちゃーら、今では遅すぎたっ、ずらちゃらららつんらちゃーら、と、むかし西城秀樹も歌っていたが、まさにその通りであり、今さらそんなことを言われても無理なのである。
「止まりません。もう止めるなんてできるわけがないでしょううっ」
と、物凄まじい形相でわたしはアニーに抗議していたらしい。
「だってあなた、このままプッシュし続けたら、赤ん坊が危険よ。それにあなただって、裂けちゃうわ」
「でもプッシュしろって言ったのは、あんたじゃねえかよー。何とかしろよー、何とかして止められるようにしてくれえーっ。ドラッグう、ドラッグをくれ、ドラッグでこの衝動を止めてくれえええ」
みたいなことをわたしは涙ながらに訴えていたそうだが、その後で急に冷静な口調になって
「わたしはEpiduralを要求する。即急にわたしが当該麻酔を使用できるよう、手配していただけますね。お願いいたします」
と、しごく嫌味な感じで言っていたらしい。
本気でぶち切れると妙に言葉遣いが丁寧になってしまう癖が、こんな時にまで出てしまったのだろう。

「そんなこと言ったって、あなた、この段階ではもうEpiduralは使えないわよ」
「だから当方は早い段階での使用を提案させていただいたのです。それを却下したのもあなただ。あの段階では時期尚早であったという判断はあくまでもあなたの判断であり、当方のそれではございませんでした。よって、わたしはEpiduralを要求する」
「だけど、Epiduralを使うには、お産が進み過ぎているの」
アニーは困りきった様子で、また、自分の判断でわたしにプッシュさせたことに多少のうしろめたさも感じているような調子でぼやいていたらしいが、
「わたしはEpiduralを要求する、わたしはEpiduralを要求する、わたしはEpiduuralを要求するものである」
を据わりきった目で何度も繰り返すわたしに根負けして
「わかったわ。あなたの場合は、Epiduralがないとどうしてもプッシュするのを止めることができない、ということで特別に使えるようにしてもらいましょう」
か何か言いながらそそくさと部屋から出て行った。当番のミッドワイフたちの詰め所にいる責任者と相談しに行ったらしい。

しばらくすると
「使えるわよ、許可が出たわ。今、麻酔専門医に連絡してもらってるから。もうちょっとの辛抱よ」
という朗報を持ってアニーが戻ってきた。
その後麻酔専門医がかけつけて来て点滴のような様態のセッティングをし、わたしの背中にチューブを突っ込んでEpiduralを注入するまでは15分程度だったそうだが、わたしにはそれが二時間にも感じられた。
肉体が猛烈に排出したがっているものを抑える。それはほとんどミッション・インポッシブルである。調子のいいミッドワイフのおかげでそのような難題に直面させられ、全身汗びっしょりになってぶるぶる震えながら薄目を開けてみれば、窓辺に腰掛けた連合いがバナナの皮を剥いてもぐもぐ食っているのが見えた。
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# by mikako0607jp | 2007-08-14 07:33 | 女が野獣と化すとき。